前川 良栄
・防災企業連合 関西そなえ隊 事務局
・一社)福祉防災コミュニティ協会 認定コーチ
・兵庫県立大学大学院 減災復興政策研究科 博士前期課程
2021年5月に災害対策基本法の一部が改正され、防災の議論は一歩前進した。しかし「福祉」という観点から防災を見ると、避難の手段や避難所での生活のあり方には依然として課題が多い。子どもや高齢者、障がい者、妊婦、外国人などの「要配慮者」には、災害時にどのような支援が必要となるのだろうか。今回は、「福祉と防災」をテーマに、自身も重度の障がいをもつお子さんを育てながら防災の啓発活動を行っている防災企業連合関西そなえ隊事務局の前川良栄さんにお話をうかがった。
Contents
Q.そもそも「福祉」とは何でしょうか?定義を教えてください。
前川:
福祉とは、幸せや豊かさを示す言葉です。日本国憲法で幸福追求に対する国民の権利が謳われているように、広く言えば日本に暮らしている人みなさんが対象になります。幼少期、小中高生、妊娠した時、子育て期、介護をする時、される時…深さや時期は違えど、人には福祉的なサポートが必要になるときが必ずあります。これは本来はつながっているもので、私たちの人生は福祉の網の上に乗っかって流れているように思います。
Q.福祉における防災の基本を教えてください。
前川:
やはり、一番大切なのは地域の助け合いです。緊急時に避難で困っている場合、警察や消防を呼ぶよりお隣さんが手伝ってあげるのが一番早いですよね。実際、地域にお母さんと障害を持つ子が二人で暮らしている家庭があることを知っていたために、災害時にご近所さんが家のドアを無理やり開けて子どもを避難させてくれて助かったという事例もあります。
ところが最近は共働き家庭が増えて、若い方は日中ほとんど不在なので、隣近所の方の暮らしが見えにくくなっています。高齢者もまた、自治会を脱会したりご近所付き合いが億劫になったりしてだんだんとつながりが減っていきます。障がい者の場合は、お子さんなら支援学校に通っているので、そもそも地域の方とのつながりが希薄になりがち。加えて、ご本人が「知られたくない」「付き合いたくない」と感じてご近所付き合いをやめてしまうこともあります。すると、近所の方もそこに支援が必要な人が住んでいることすら分からなくなってしまい、いざという時に支援が届きにくくなります。
ただ、「厚い支援が必要」イコール「介護度や障害度が高い」というわけではなく、私は、「普段は一人で、もしくは家族でなんとか生活をしている人」こそ支援が必要なのではないかと思っています。これはコロナ禍でも言えること。所得が少ないながらも自立されてやってこられた方が、コロナ被害に遭った瞬間に、ドンと支援が必要になる。しかし、福祉のネットワークに繋がっていないために支援を受けにくく、周りの人もその方が困っていることに気づきにくいのです。
ですからまず、地域には子ども、高齢者、障がい者、妊婦さん、外国人などいろんな人が暮らしていて、中には災害時に支援が必要な人もいることを知ってほしいです。そのためにも日頃からお互いに挨拶をして、助けてほしい時に「助けて」と言えるだけの関係性を築いておくことが大切。単純なことですが、やはり防災の基本は挨拶だと思います。
Q.福祉の側面から防災ができていない場合、どのような問題が起こると考えられますか?
前川:
2018年の西日本豪雨では、岡山県の真備市で55人の方が亡くなりました。そのほとんどが、足が悪い方や高齢者同士で暮らす方など、自力での避難が難しい方だったと言われています。中には、家の二階に避難することができずに亡くなった方も。もし、2階に上がるお手伝いさえできていれば助かったかもしれません。
東日本大震災の場合、津波が来たのは日中でした。ある家庭では、ご夫婦はお仕事に出ていて、家には高齢のおばあちゃんと障がいのある子どもだけ。普段、隣近所とのお付き合いをされていなかったため、周りの方が避難している中でその場に残り、津波で亡くなっったと聞きました。近所の方は、そういう風に暮らしていることを知ってさえいれば声をかけたのに、と悔やまれていました。
避難所までたどり着いたとしても、そこでの暮らしにも困難が伴います。例えば、車椅子の人が避難所で生活をしようとすれば、動くたびに「すみません、通してください」と言わなければいけません。車椅子が通れるほどの通路を確保している避難所がほとんどないからです。おむつを使っている場合も、専用スペースがなければ、周りに人が密集している中でのおむつ替えには躊躇しますよね。そのうちに本人やその方をサポートしている人の気持ちが折れてしまい、3日もたつとその場に居られなくなって、危険であっても家や施設に戻ってしまうのです。
トイレの問題も非常に重要です。手すりのある洋式トイレなら一人で用を足せる方であっても、体育館のトイレは設備が整っていないことが多く、トイレに行くたびに誰かの手を借りなくてはいけません。尊厳が傷つけられてストレスが増大し、しまいにはトイレに行きたくなくなってしまう。水を飲む回数が減り、状態が悪化することもあります。
Q.行政はどのような取り組みを行っているのですか?
前川:
災害時に支援が必要とされる介護度の高い人や障害区分の重い人は、「災害時要配慮者」と指定されています。2021年5月に改正された災害対策基本法では、こうした要配慮者一人ひとりに合わせた個別の避難計画を事前に立てることを各市町村の努力義務と定めています。つまり、災害時に支援なくては生き延びにくい方たちを助けるための仕組みづくりに動き出したのです。
また2017年には、危険な立地にあり二次災害が発生する可能性の高い福祉施設に対しては、利用者の方々をどのように避難させるかを計画する「避難確保計画」を事前に策定するように国土交通省が通達を出しています。
ひとたび災害が発生すれば、平時よりいっそう厚い福祉の網が必要になります。ただ、それが比較的薄くても良い人も入れば分厚い網が必要な人もいて、自力で再建してサポートが必要なくなる人もいれば最後まで必要な人もいます。全員に等しく厚い網を用意すると、必要のない人にもサポートが届き、本来厚い網が必要な方へのサポートが不十分になる恐れがあります。ですから、地域や個人の実情に合わせた避難計画を立てようという今回の動きは良い傾向だと思います。
Q.今年度、個別避難計画の必要性が再認識されたのはどうしてですか?
前川:
2020年に熊本県南部を襲った豪雨による河川氾濫で、球磨村の特別養護老人ホーム「千寿園」で多くの入所者の方が犠牲になりました。その後、国で検討部会が立ち上がり話し合いが進む中で、やはり個別避難計画が必要だろうと考えられたのです。同時に、施設での避難確保計画も努力義務ではなく「策定義務」とされました。
また最近では、都市計画法・都市再生特別措置法も改正され、災害リスクの高い危険区域での福祉施設の建設が厳格化されました。実は、危険な立地にある福祉施設は割合に多いのです。これは、建設時に地元の人からの反対が起こりやすいので、土地が安くて周りに人がいない場所を選ばざるをえないため。簡単な問題ではありませんが、この法改正によって、危険な場所での建設がなくなり、既存の施設は安全なエリアへ移転してくれることを願っています。
Q.福祉の防災が乗り越えるべき課題はなんでしょうか?
前川:
まず一つは個人情報の壁ですね。行政が管理している要配慮者名簿を自治会に渡してよいのか。自治会がそれを受け取ったとしても、会員にその情報を共有していいのか。ここで躊躇してしまって、結局防災に取り組んでも中途半端な形に終わってしまうことが多いのです。
もう一つは、視点の欠如です。行政でも自治会でも言えることですが、地域の防災計画や避難所の運営体制を考えるのは、健康な方が中心です。オムツ替えの経験や、障がい者や高齢者のサポート経験があったとしても、それが24時間必要だという視点がなかったり、体調が悪い方に配慮するとしても、その「悪い」のレベルの感覚が違っていたり。そこは経験値の差ですね。もし、地域の防災を考える場に経験のある方が加われば、「それは無理!」ということが必ず出てくると思います。
また行政も、縦割り組織のために「防災は危機管理課の仕事」「福祉は福祉担当課の仕事」という認識に陥りがち。ですが、実際には福祉にも水道にも環境整備にも防災の視点は必要です。縦割りではなく、各部局に「防災」という横串を刺して、全ての部署が関心を持って地域の防災計画を立てることが非常に大切です。
Q.防災計画を考える際に注意すべきポイントはありますか?
前川:
個別避難計画の策定には、防災と福祉のどちらの専門知識も必要なので、行政の危機管理課と福祉部局が連携して取り組んでいるところが多いようです。ただ、個人一人ひとりに作成するものなので、実際に内容を決めたりサポートの方法を考えるにはやはりその方が暮らす地域の自治会や担当するケースワーカーさん、ケアマネージャーさん、障がい者の場合は相談支援員さんなどの協力が欠かせません。地域によってマンパワーが異なりますし、ご本人の状況によってもサポートが必要な度合いは変わりますから、地域の視点が入っていることが大切ですね。
避難所の運営について考えるときも、老若男女さまざまな視点があるといいですね。視点が狭いと小さな子どもを見落としたり高齢者を見落としたりして、誰かにとって居づらい避難所になってしまいます。熊本地震でも、要配慮者のためのスペースをきちんと取った避難所がありましたが、多様な視点が入った避難所というのは誰にとっても居心地がよいと思うのです。
また、避難訓練は土曜日や日曜日に行われることが多く、避難計画でも地域の一番の働き手が要配慮者を避難所まで連れて行くことを想定しますが、災害は平日の日中にも訪れます。その時、元気な人は働きに出て不在。じゃあどうすればいいの、と思われますが、支援の手が薄くなることを地域が把握していればやりようはあるはず。地域住民が少なくても、近くの会社やお店には若くて判断能力のある大人が働いています。地域を住民だけに限定せず、広い視野で見れば支援の手はもっと広がっていくと思います。
Q.福祉の防災に取り組んでいる先駆的な事例を教えてください。
前川:
数年前からモデル事業として取り組んでいる自治体がいくつかあり、中でも先駆的な取り組みをされているのが大分県別府市です。別府モデルと呼ばれており、災害ボランティアの経験がある別府市防災危機管理課の村野淳子さんという方が中心となって、一人ひとりに丁寧な個別避難計画を作られています。別府モデルの優れている点は、市の防災課と福祉課だけでなく、地域をよく知る自治会や民生委員、自主防災組織などさまざまな組織を巻き込んでいること。各分野のエキスパートが繋がって多角的な視点から避難計画を作り、それをみんなで共有しています。
また、実際に要配慮者を交えた避難訓練も行っています。すると、本当にその方に必要な支援が見えてきます。避難所まで運んであげないといけないのか、それとも声をかけるだけで大丈夫なのか、避難所では何が必要か。同時に、ご本人も自分が何をしておかなければいけないかを認識することができます。例えば、地震の時は速やかに避難を手伝ってもらえるように玄関までは自力で出ていく、など。でも、出ていくには玄関までのルートに障害物がないようにしないといけません。それなら家具を固定しなければ、とどんどんやるべきことが見えてくるのです。
Q.これから社会全体で取り組むべきことを教えて下さい。
前川:
いざ災害が起きた時、要配慮者は普段サポートを受けている家族やケアマネさんだけで乗り切ろうとするかもしれません。でも、やっぱり助けが必要な時は「助けて」と口に出し、一番身近な地域の力に頼ってほしいと思います。そのためにも、地域とつながっていてほしいと思います。
もう一歩進むなら、自治会や防災を考える委員会に要配慮者自身が参加できるといいですね。最初の一人は勇気がいりますが、そこから「あの人が行くなら私も」と輪が広がっていくかもしれません。コロナ禍の今だからこそより意識的につながらないといけない。障がいを持つ子の母として、私はそう思っています。
また支援をする側は、それを受け止められるだけの度量を持ってほしいと思います。「何をすればいいか分からない」と言う方もいますが、困っている人を見たら「手伝えることありますか?」と一言聞くだけで十分です。できないことを無理してやる必要はないので、自分の手に負えないと分かったら別の人に「この人困ってるから助けてあげて」と頼んでもいいのです。要配慮者が「しんどい」と気楽に口に出せる寛容な社会、「助けて」と言うことにハードルのない社会であってほしいですね。