マンションの自主防災力を高める秘訣はコミュニティ形成の強化。社会の仕組みから変えるネットワーク構築について

田中 実(乃亜フレンドリーネットワーク 代表)

江崎グリコ栄食株式会社入社後、社長室及び経営企画室勤務、業務として、中長期経営計画策定、海外生産移行プロジェクト、子会社設立運営、リスクマネジメント、企業防災、事業継続(BCP)などを推進、グリコ栄養食品株式会社経営企画室長を終え、退職後に経営コンサルタント「乃亜フレンドリーネットワーク」を開業し企業コンサルタント活動を行なう。
更に、コンサルタント業と同時に、NPO事業継続推進機構関西支部 (事業継続准主任管理士)、NPOリスクマネジャー&コンサルタント協会特定会員(リスクマネジャー/BCM資格取得)(リスク診断士)、(社)マンションライフ継続支援協会認定マンション防災認定管理者、NPO日本防災士会大阪府支部副支部長(防災士)、大阪府教育庁委嘱学校防災アドバイザー、泉南市自主防災組織連絡協議会副会長、マンション自主防災会リーダーなどの団体で幅広く社会活動を行なう。


日本は「災害大国」と言われるが、自然災害の発生を想定した備えはいまだ十分とは言えない。とくに複数の世帯が住むマンションでは、防災への取り組みが十分でなければ、大きな混乱に陥るおそれがある。そこで重要となるのが、マンション自主防災である。BCPコンサルタントであり、自身がお住まいのマンションの自主防災にも取り組む田中実さんは「地域やマンション固有のリスクもあるため、住民が意識を高めて取り組むことが大切です」と話す。マンション自主防災の現状と課題、そして今後進むべき道について話をうかがった。

Q. マンション自主防災とはどのようなものですか?

田中:
マンションの管理組合や自治会、管理会社などが協同で防災活動を行うことです。中心となるのはあくまで住民。自主防災会などの組織を立ち上げ、災害情報の共有や災害時に備えた訓練、災害発生時の対応、住民に対する啓発や教育などを行います。

自主防災会では、委員を決めて委員会を定期的に開き、被災時の避難経路や行動、被災者の救援、食料の備蓄、簡易トイレの処理方法などについて決めておきます。とくに高齢者が一人で避難するのは危険ですから、集会所に一時的な避難場所を設置することも検討しなくてはいけません。また、備蓄品や簡易トイレ、テントなどの防災用品を購入するために、マンション管理費から捻出できる金額を決め、3〜5年の中長期的なスパンで計画的に購入していきます。これを普段保管しておく防災倉庫を設置しておくことも大切ですね。私のマンションでは当初は防災倉庫がなかったので、市の補助金をもらって新設しました。

このように、会議で決定したことをマニュアルに事細かに記載し、防災計画として策定して定期的に改良更新します。

Q. そうした自主防災を行っているマンションはどれくらいあるのでしょうか。

田中:
日本でしっかりとした防災管理を行っているマンションは非常に少ないですね。消防法で義務づけられている避難訓練は実施されていますが、避難をするだけでは十分ではありません。マンションの場合、避難所ではなくマンション内で避難をする「在宅自主避難」がほとんどですから、復旧までの水や食料の備蓄やトイレ問題なども考えておく必要があります。そういう意味では、本当の防災を行っているマンションは全体の2〜3割にとどまると推定されます。

Q. マンション防災が進まない原因はなんでしょうか?

田中:
一つは、居住者の高齢化です。とくに単身の場合、他の住民とのコミュニケーションが取りづらくなり、長期の修繕計画を立てるにも、会議での合意形成が難しくなります。会議そのものに参加できない場合もありますし、委員会の理事を務めることも難しいでしょう。

人材が不足していることも原因の一つです。マンションの中に、防災の専門家や組織的にリーダーシップを発揮できる人がいればいいのですが、管理組合役員はたいてい当番制で任期は2年ほどですから、その2年間をいかに無難に終えるかを考えている方が多いのです。会議で何も決まらないまま先延ばしにしてしまい、長期修繕計画も十分に検討されないまま2年間の任期を終えることになります。かといって、特定の人が長期間役員をすると、独断専行や使い込みなどの不正問題も起こり得るので、よくありません。

また、マンションの老朽化問題もありますね。1981年以前に建てられたマンションは、阪神大震災前の古い耐震基準が適用されています。長期の修繕計画が整備されていれば、約15年に一度は大規模修繕が行われて耐震性も強化されますが、管理会社や管理組合がしっかりと機能していないマンションは、修繕計画が手付かずで、修繕費が準備されていない場合もあります。するとマンションの老朽化が進み、多くの住民が他のマンションに移ってしまい、ますます管理状態が低下してしまうのです。

同じ行政区内でも温度差があります。土砂災害や津波の危険性が高い山手や海側の地域では自主防災活動が活発です。例えば、水害のリスクが高い東京の墨田区や江戸川区、津波到達時間が数分とされている高知県や徳島県などのマンションは比較的しっかりとした防災計画を策定しているようです。しかし、過去に災害の体験のない地域の市街地市では防災活動が停滞しているマンションが多い。やはり、防災への認識が乏しいのです。

Q. 管理会社に防災管理を委託することはできないのですか?

田中:
大手のデベロッパーや常駐の管理人がいるマンションでは、管理会社もアドバイスという形で委員会に参画する場合があります。しかし、中には防災に関心のない管理会社もあります。

管理組合は、管理会社に対して委託料を支払い、委託契約の中で管理人の常駐や共用部の管理・清掃などのさまざまなサービスを受けています。本来であればこの中に防災委託契約を含め、地震や火事などが発生した際に管理会社が何に責任を負い、どんな支援を行うかを具体的な項目として明記するべきです。しかし、現状それができているのは、一部の大手管理会社だけのようです。

私のマンションでも、委託契約の中に「建物の安全管理」という項目はありますが、それは日常における管理営繕や災害時の緊急修繕対応・ライフライン復旧などの対応であり、防災管理に直結するものではありません。管理会社としては、自然災害などでの想定外における責任を負うことは避けたいのでしょう。例えば、大規模な震災ではエレベーター内の閉じ込めといったマンション特有の被害が多発します。電話が通じずエレベーター会社に連絡も取れないなど、管理会社が解決策を示すのがベストです。管理機能の強化に対しては住民が声をあげなければいけません。一つひとつ、要望を出して改善を重ねていくことが大切です。

Q. 自治体も一緒に防災に取り組むべきでは?

田中:
防災士の資格取得費用や自主防災組織にかかる費用の補助など、防災活動への費用面での支援を行っている自治体は多いと思います。しかし、危機管理課の担当職員はかなり広範囲の仕事を少人数で担当しており、マンション防災への具体的な支援はどうしても後回しにされてしまいます。また、引継ぎもままならないまま短期間で異動してしまうので、異動したばかりの担当者は素人も同然です。以前、災害時にマンション各戸の郵便受けに危険管理課が作成したチラシが入っていましたが、その情報が間違っていて、市に抗議したことがあります。行政の言うことを鵜呑みにしてはいけないし、その間違いに気づく知識が私たちにも必要だということです。マンションの住民側が、行政など外部に正しい知識を持つよう啓発していく必要もあります。

そのためにも、まずは当事者である住民がしっかりと防災意識を持ち、防災に関する教育・啓発活動を行わないといけないのです。私も、市内のマンションの交流組織を作り、防災に対する啓発を他のマンションでも実施してもらえるように講演活動を行っています。

Q. しかし、防災活動をリードできる専門家がマンション内にいることは少ないのでは?

田中:
専門家が偶然いることは少ないのですが、防災能力の高い人材はいるはずです。それが、うまく活用できていないのです。先ほど、マンションの自主防災が進まない原因として、防災会の人材不足を挙げましたが、人材不足の最大の原因はコミュニケーションの欠如です。例えば、専門家ではなくても、常にスキルアップができる向上心のある人や教育訓練に長けた人がいれば、外部から専門家を招くなどして防災計画を立てることはできます。他にも、建築関係や消防・警察関係など防災に関わる職種経験者や、以前のお住まいで地域の消防団に入っていた方、他の地域の災害でボランティアに参加した経験がある方などがいれば、防災力の高い防災会を組織することができます。しかし、普段から住民同士のコミュニケーションが不足していると、こうした情報を把握できず、「役員を任せられる人がいない」という状況に陥るのです。

私が住むマンションの場合は、防災士の資格を持つ私が自主防災会を立ち上げました。その際に、人付き合いのいい人や面倒見のいい人、マンションない活動の経験豊富な方、建築関係の経験者などを私が引っ張って役員をお願いしました。彼らは任期のある役員ではなく、恒常的に活動する中心メンバーです。2018年の台風21号のときは、マンションが4日間停電し、高層階にいくほどパーテーションなど設備も壊れていました。その非常時に、20人前後のメンバーが率先して住民約320軒を一軒一軒訪問して被害の状況を尋ね、手助けが必要な高齢者や病気の方などを支援しました。

こうした活動は、専門家でなくてもできます。まずは、地震が来たときにどうするかの簡単なルール作りから始めればいいのです。誰もが防災会に気軽に参画できる雰囲気づくりと、普段からのコミュニケーションが非常に重要ですね。

Q. 仕事をしている方にとっては負担になりませんか?

田中:
現役世代は、朝早くから仕事に出かけて夜遅くに帰ってきますから、地域に関わる時間は限られてしまいます。土日もなにかと行事ごとがあり、マンションを留守にしていることも多いでしょうし、近所付き合いをしない主義の人もいるでしょう。台風21号で水道や電気がストップし、私たち自主防災会駐車場で住民への給水活動をしていたときも、その横をいつも通り仕事に行く人がいました。

でも、それはやむを得ないことです。彼らにも事情があるのだから「自分勝手な都合で防災に協力しない」などと差別をしてはいけない。このことは自主防災会の中でもしっかりと話をしました。むしろ、「お仕事お疲れさま」と一声かけるといいと思います。挨拶をして見送ってあげれば、彼らも「今日は早く帰って夜の支援に参加します」と、今まで口に出せなかった言葉を言ってくれるかもしれません。こうしたコミュニケーションの大切さは、分かっているようでなかなか実践できていないものです。災害は、逆手にとれば結束の良い機会。これを逃す手はありません。

実際に私たちのマンションでは、台風21号後の支援活動以来、エレベーターで会った人はみなさん挨拶をしてくれるようになりました。協働の精神が生まれて、団結力が上がったと思います。

Q. マンション防災の今後のために、社会全体で取り組むべきことを教えてください。

田中:
社会の仕組みから変えることが理想です。1セクションではなく、行政、福祉施設、学校、社会福祉協議会、民生委員、自主防災組織の連絡協議会、消防団など、幅広いネットワークを構築し、その仕組みの中で各マンションの防災体制を評価し、管理組合に対して啓発・支援を行うのです。そこまでしなければ、災害経験がなく関心の低い管理組合は動けません。どのようにサジェスチョンを行うか、まずはその仕組みを決定すべきだと思います。ここは、行政の役割が大きいでしょう。

住民も、一人ひとりが災害に対する意識を高めることが大切です。一般に、マンションは一戸建てよりも安全で住民同士の団結も強いだろうという認識があり、災害後の救援や支援は後回しになる傾向があります。ですから、住民による防災活動が重要です。普段から防災に備えているかどうか、啓発・教育を行っているかどうかで被災時の対応力は大きく変わるでしょう。

よく、「防災と言わない防災」と言われます。日常の中に防災があり、楽しみながら自然と防災力が身につくように進めるのがよいでしょう。防災活動はボランティアですから、強制ではなく自分の意志で行うものです。強制ではないから充実し、楽しみながら取り組めて、人間関係も深まっていくのです。まずはコミュニケーションを日常的にとることから始めましょう。

初めて防災用品を購入する法人様へ

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